篠宮光琴とは何者ぞ

 順番が前後してしまいますが、ブログを始めるに際して、私の自己紹介でもしておきたいと思います。

 とはいえ、まだ、語れるほどの何者かになっておりません。言えるのは、生年月日と好きな王朝くらいでしょうか。ちなみに初対面の集団の中で「大学と趣味と好きな王朝教えて」と言うと、場の『苦笑』と『戸惑い』が一挙に手中に収まります。

 

 篠宮光琴、1997年2月14日生まれ。好きな王朝は漢と魏呉蜀(三国志)、そしてローマです。勉強中なので、これからたくさん増えていくでしょう。増えるくらい勉強しなければと思っています。
小説家志望です。今年の三月に卒業して社会人になります。

 「篠宮光琴」というペンネームは、「篠突ク宮ニテ光琴ヲ聞ク」という漢詩の題名のようなものをイメージして付けました。ざああ……と激しく雨の降る王宮の奥の暗がりから、ぼんやりと光を放つ琴の音色が聞こえる……そんな場面です。名前が物語を切り取っているのって素敵だと思って名付けました。
宮の奥底で奏でていくうちに、人々の語り草となり、伝説となるような、そんな存在になりたいです。

 今年にやると決めたことは三つ文学賞に応募すること、そして今年の抱負は、そのいずれかでデビューをすることです。二つ引っかかってくれれば、二社の出版社で、全てならば三社でデビューを果たすことになります。全部違う作品を出しますので、一応ルール違反ではないと思っています。合計すると35万字ほど書かなければならないハードスケジュールですが、人気作家になるためにはこれくらいの覚悟がなければやっていけないのかなとも思っています。何処かの賞に落ちた作品を別の賞に使いまわす方もいますが、私はそんなことは己のプライドにかけてしません。
 そうしたくなる気持ちは分かります。確かに長編一本書くのは大変ですし、何とか苦労して作り上げた作品が落選すれば、下読みが悪いと言いたくもなってしまうでしょう。
 でも、次の作品を書くのを億劫がっているうちは、プロとして到底やっていけないのではないかとも、同時に思うのです。下読みさんに流し読みをされないような、思わずはっと目を見張るような作品を書いてみせるという気概や、前に向かう強い意識、大変な「書く」という作業に向き合える人だけが、作家として生き残れるのではないでしょうか。何者にもなっていない私ですが、意識だけでもせめてプロと同等のものを持ちたいという信念があるので、使いまわしはしないつもりです。
基本的に私は、自分がどうあるべきかということと他人のあり方を分けて考えるたちですので、この発言にも特に他意はありません。そもそも他人の行動を制限する権限なんて私には全くありませんので、ただの大学生の独り決意表明です。


 
 2017年にファンタジーノベル大賞の最終選考に落ちたことから、私の人生で何かが大きく変わりました。
大学三年生の10月、就職活動をそろそろ始めようかという時期と重なったこともあり、どう生きるかということに否が応でも向き合わざるを得なくなりました。
社会人にならないという選択肢は選び取る気があまりなかったので、どの職業に就こうかという所からなのですが、全く途方に暮れてしまいました。学生の運営する就活支援団体の活動で、ビジネスコンテストをやってみたりもしましたが、かなりストレスだったのを覚えています。性格的にストレスは感じにくい方ですが、あの時は圧し潰されそうでした。働くということに向いていないのではないかと悩み、重たくなった頭を抱え込みました。

 好奇心の幅はかなり広い方ではありますが、私は、ビジネスというものに関しては絶望的に興味が持てません。だからどうしても企業を選ぶ基準が、作家としていかに役立つかということになってしまうのですが、興味を持ったところはまた絶望的に忙しい。執筆の時間が取れる方が良いし、だったらゆったりしていれば良いかというと、それはネタになる学びが少なく物足りないかも、と思ってしまう。執筆の時間が取れるのと、身を削ってでも人生経験を積むこと、どちらが作家になるためには良いのか、そして、自分自身がどちらに行きたいのか分からなくて悩みました。

 小説新潮に載った書評のうち、私の心に焼印のように鮮やかに刻まれたのは、「人生経験が足りない」という言葉でした。
 技術的に未熟な部分なら、努力によって向上させることが出来ます。しかし、年齢から来る習熟の低さだけは、どう足掻いたら埋められるのか、私には見当もつきません。
だから、「何としてでも人生経験を積まなければ!」という使命感は、あの時から私の身体を火だるまのように燃やし続けていました。「人生経験なんて自然に積まれるものだよ」と友人から言われても、私は何かを自覚的にやっておかなければ気が済まなかったのです。

 そんな風に紆余曲折した就職活動ですが、幸い、自分の興味もそこそこ持て、執筆の時間もまあまあ確保できそうなところを見つけられたため、そこに決めました。仕事内容にも貢献出来たら良いけれども、それは正直「ついで」で、自分の見聞を広めたいというのが本心です。内定先に迷惑が掛かってもいけないので、業界を公表するのは、作家で大成して辞めた後、気が向いたらにしようかと思っています。

 ちなみに2017年ファンタジーノベル大賞の最終候補になった者のうち、日の目を見ていない者は私しかおりません。大賞受賞者はもちろんのこと、他の二人もどうやら本を出しているようです。
 今年、三つも文学賞を出す理由の一つはそこにもあります。同時に肩を並べた人たちが、どんどん私を置いていく。他の人は進んでいるのに、私だけスタートラインにも立てていないまま。若い人のデビューの話や活躍の様子を聞くたびに、私の心は窒息にも似た焦りでかき乱されます。
 私は、デビューしない訳にはいかないのです。絶対に作家になりたいのです。

 就職活動をする前は、多分作家なんだろうな、と思っていました。ファンタジーノベル大賞の最終候補になる前は、何となく書くことが楽しかった。
 でもその分岐点の前は、他の何かをしている時も同じように、いやもっと楽しかったのです。小説を書くことよりも、ユーチューブを見たり、友達と出かけたりする方に時間を割いていた。遊んできた後は、正直疲れて書く気になんてなれなかった。
 転機は約一年前――カンボジアマングローブの植林ボランティアをしていたあの日、各国のボランティアたちと遅くまで盛り上がったあの夜、父親からの「新潮社の人から電話が来たよ」という連絡を見た、あの時です。あの時から、私の中の何かは、大きく変わってしまいました。
 それはまるで、閉じていた蓋が開いたかのようでした。世界の見え方が全く変わってしまうほど、己を突き動かす強い思いというものを、私は初めて知りました。日常の全てを小説の材料として見、自分の時間の全てを、小説のために捧げたいと思いました。

 あの日から、作家になりたいという思いを、一日でも感じない日はなくなりました。

 もちろん最終候補になる前も作家になりたいと思っておりましたが、今の私の思いとは次元がまるで違うのです。恋愛でいうならば、【恋が愛に変わった瞬間】とでもいうのでしょうか。「好き」ということは変わりません。もちろんかつてのようにワクワクも感じているし、心が浮き立つようになることもあります。でも今、小説のことを考えている時に根底に感じるのは、最早身体の一部として溶けあっているような、深い安心なのです。

 そして就職活動を通して、散々業界を見回して、作家以外の選択肢を検討して、それでも、私が自分の全部を投じて取り組めるのはこの職業しかないと確信してしまった不幸な大学生は、その光だけを目指して進み続けることしか出来ないようです。

 報われるかどうかは分かりませんが、私の中でもう愛に変わってしまった思いが消えてしまうことは、おそらくないでしょう。