山の静寂をかき破る、命

 山の清涼感は、窓を閉じていても何処からか滑り込んでくるのだろうか。三角屋根の山荘の中も、すんとした気配が満ちていた。木目のはっきりとしたフローリングは素足では冷たいが、暖房の熱を帯びた居心地の良い温もりは、ステンドグラスの光の差し込む吹き抜けの二階まで漂っている。外でさわさわと揺れている木々は色とりどりの模様に透かされて、床の上で影絵のように踊っていた。
 山奥には、風の音と、時折車が通る音が遠くに聞こえるほかは、何もなかった。原稿用紙の上を滑っていた万年筆が、立ち止まるようにしばらく宙に浮くと、本当の静謐が身に染みる。身体中の全てが空になり、山に在る一つの命に返っていくようだった。机の縁に手を伸ばし、椅子を傾ける。ぎっ、と木が軋んだが、それ以外の音は絨毯に吸い込まれてしまった。私は澄んだ空気を吸うと、また小説を書き始めた。

 そうしてしばらく筆を進めた頃だろうか。裏返して乗せる紙の厚みが増えてきた頃、ぶうぅううん……という羽音が耳に付いた。
 それは時折、疲れたように休んでは、またぶんぶぅんと鳴り始める。外から一時的に窓の近くに来たのだろうと、無視して執筆を続ける。だが、羽音は一向に止まない。家の中に入ってしまったのではと眉を顰め、音のするあたりに近寄ったものの、斜めに垂れ下がった天井にも、木目の映える壁にも床にも、動き回る染みは見当たらなかった。他の音がない分、羽音は一層耳に付く。不快なので、耳にイヤホンを差し込んだ。それからしばらく机に向かっていたが、CDが一枚終わってイヤホンを外しても、まだ鳴っている。一体何処にいるのかと、立ち上がってもう一度よく探してみたら、はっとした。虫は、外にいるのではない。窓と網戸の間で、出れずにもがいているのだ。

 ステンドグラスをよく見ると、窓と網戸の間にある数センチほどの隙間に、同じ種類の虫が五匹も張り付いているのだった。黒く、とんぼにも似た形をしている。ある物は網戸に足を掛け、ある者は窓の突起を歩き回っている。そして、時折羽音を立ててもがきまわっては、疲れたように窓に沿って歩く。一体どうして締め切られたこの隙間に入り込んでしまったのかは分からないが、彼らはみな、ここから出たいと主張していた。
いや、と思い直す。全員ではない。むしろしきりに動きまわっているのは三匹ほどで、ほかは全く動かないのだった。諦めてしまったのか、もう死んでいるのかは分からない。
 学習性無力感、という用語を思い出した。心理学のとある実験で、マウスの行動とは何も関係なしに電流を流したり止めたりし続けていると、次第にマウスは、自分の行動が何の結果も齎さないと学習する。その状態で水に放り込むと、ここで足掻いても無意味だと思うのか、三分の二のマウスは泳ぎもせずに諦めてしまうのだ。
動かない虫たちもそうなのかもしれない。もう足掻いても何処にも行かれないと知り、無駄な消耗はやめて、静かに死を待っている。食糧の手に入らない環境で、その判断は賢明なのかもしれない。
 しかし何度も諦めずに動きまわっている虫からは、生への渇望が、はっとするほど強く感じられた。生きたい、諦めたくない、という叫びが、生々しい声の形で空気を震わせていた。先ほどは不快でたまらなかった羽音が、今では悲鳴のようだった。

 私の力では容易に開ける窓が、目の前にある。

 開けたい、と思う。彼らの努力が報われて欲しい。私は、彼らにとって神にも等しい存在だ。ほんの少し、御手を動かせば、彼らを絶望からも苦しみからも救える。再び、彼らに自由な天地を与えることが出来る。
 しかし、と同時に、人である私は思う。この窓を開けてしまえば、この虫たちは家の中に入ってしまうだろう。二階だから、ベランダから回り込むことも出来ない。彼らを解放するには、家の中に招き入れる他ないのだ。その後、飛び回る虫たちを窓の近くに誘き寄せ、また外へと解放するのは相当の難儀だ。その間にずっと窓を開け放っていれば、また別の虫が入ってくるかもしれない。私は静かに小説を書いていたい。窓を開ければ、その穏やかな時間は失われてしまうだろう。
 だが、躊躇いを感じてもいた。ここで何もしないということは、虫たちをこの狭い牢獄に閉じ込めるということだ。虫を家に入れたくないという、利己的で些細な事情から、彼らの残りの生は握りつぶされる。
 その残酷性に気付いていながら、窓に手をかけようともしない自分に気付いて、ぞっとした。

 人はこんなに簡単に、他の命を見殺しに出来る。

 私は人よりも、環境や動物への関心は高い方だ。なのに、生態系を壊す活動には感じる憤りの矛先を、自身に向けられないというのか。環境を破壊する人々には眉を顰めたのに、目の前の命が死んでいくのを見なかったふりが出来るのか。
 公の単位と私的な単位で、感じることはこうもズレてしまう。
 そして当事者にこそ宿る残酷性というものは、こんな小さな隙間からも萌芽するのだ。それはまるで、正義というコンクリートで固められた心の割れ目から吹き出した、青々とした若葉のようでもあった。

 自分にとっての些細な事情が、他のものの生存を脅かす脅威に変わるさまを眼前にした頭の芯が、急速に冷えていく。食べる以外の目的で他の命を奪える人は、己の生を豊かにするためなら、何処までも冷淡になれるのだ。生き物との共存を唱える一方で、己の生を阻害するものは、躊躇いなくその対象から除けるのだ。
自分もまたその種族の一部であることを知り、ばっと頭を抱えた。胸の痛みが、喉元までせりあがってくる。

 残酷な人々を違う次元に切り分け、そうすることで保っていた己の潔白は、日常の一角で、こんなにも脆く崩れゆく。