本当の教育者

 社会人にもなったということで、身辺整理をしていたら、恥ずかしいものが出てきた。小学生の時に書いた、漫画や作文やノートたちである。幼稚園くらいのものであれば、「あー、子供らしい。かわいかったねー」なんて話のネタにも出来るのだが、下手に自我が付き始めた頃に書いたものは、もうダメである。「小学生なのに、こんなものを書けていたなんて!」と思えるような「天才の片鱗」などなく、「何でこんなものを残しておいたんだ!」と怒りたくなるくらい、恥ずかしいものばかりである。当時、ノートに漫画を描いていたのだが、そのストーリーも結構酷くて、「万が一私が文壇に名を残すような作家になって、死後も語り継がれるくらいの業績を残しても、このノートが研究対象になってしまったら学者も困るだろうな」と思ったほどである。

 

 その中に、「自主学習ノート」というものを発掘した。どうやら、学校に提出する日記のようなものらしく、1日1ページ記入して、先生からのコメントをもらっている。転校生だったので、この自主学習ノートも小学校6年生の1年間だけだったにも関わらず、当時から書くことは好きだったおかげで、丸々3冊分はあった。コメントを書く先生も大変である。この前、小学校の教員をやっている友人の友人が、月に130時間残業したこともあるという話を聞いたばかりだったから、そのノートを見る目も違ってきた。

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 当時の担任は「よっしー」と呼ばれていた男の先生で、転校してきた私に、随分心配りをしてくれた。ノートのコメントも丁寧で、今見返しても、心を込めて書いてくれていたことが伝わるものだった。

私は、自分の書いたものにコメントを貰えるのが嬉しかったらしく、「先生も会議で忙しい日もあるから、コメントをきちんと書けない時もあるよ」と言われても、「コメントここから→(たくさん書いてね!)」なんて残してあるくらい、長文を期待していたようである。先生も先生で、「わがまま言わないの。先生は忙しいのです」なんて答えていて、ほほえましかった。

 

見返して思い出したのだが、私はそのノートに、あろうことか小説を書いていた。

 

 中身は、到底詳しく読めなかった。「こんなものを先生に見せていたのかー!」と悶絶して気が遠くなりそうだからである。それでもちらっと眼を通したところ、当時好きだった小説の影響がモロに出ていて、「ここはあのシーンを真似しているな」とか、「この展開は……」と思う描写が見つかって、いっそう目が当てられなくなった。

 一つの読み物としても未熟だった。そもそも小学生の書くファンタジーなんて、混迷を極めるものである。よく分からない造語とカタカナの人名が入り乱れているし、「グワッ」「ぎゃー!」など、セリフと効果音だけで説明しようとしていて、何が起こったのかよく分からなかったりする。先生も似たようなことは感じていたらしく、「人が多くなってしまって、誰が誰だか分からなくなってしまったよ」「前までの内容を忘れちゃったから、ざっとあらすじを付けてくれたらうれしいなあ……」と書き残されていた。ですよねですよね、おい、読者への配慮を欠いているようじゃ作家にはなれないぞ、と、過去の私に言ってやりたいくらいである。

 しかし、作者よりも読者に体力が必要とされるようなそんな話を、先生は根気よく読んでくれていたらしく、時には好意的なコメントも残してくれていた。「前に比べて、終わり方がうまくなりましたね。続きが気になります」とか、「今回はテンポが良くてとんとん読めました。物語には、時にはこういうところも必要なのかもしれませんね」など。私はノートに稚拙な挿絵を載せていたのだが、「絵がうまいですね。物語もそうですが、毎回さし絵も楽しみにしています」なんて褒めてもくれていて、嬉しいやら恥ずかしいやらだった。

 小学校を卒業する時、その自主学習ノートも終わりにしなければならなかった。私は、「あと7日間でがんばって完成させます」と言って話を無理やり終わらせた。最後、先生はいつもよりも長めにコメントを書いてくれていた。

 

 最後がハッピーエンドで良かったです。あなたの書く文章は独特で小学生ばなれしていて、読んでいて?なところもあったけど楽しく読めましたよ。

 これからの人生はもしかしたら大変なことの方が多いかもしれません。だけどあなたには「本」という最高のパートナーがいます。これからも本に助けられ、そして自分の書いた本で世の人を助けていってくださいね。

 いつかあなたの本が本屋さんに並ぶことを楽しみにしています。

 

 なつかしさが溢れて、思わず、ノートを抱きしめていた。

 仰る通り「?なところ」も多く、教師という立場の人がいなければ、誰からもすすんで読まれることのないような、下手な文章だった。

 今、自分で読み返してみても、当時の私が伝えたかったものがよく分からない。「未熟だなあ」と思うことはあっても、「面白いなあ」とは思わないし、「稚拙だなあ」と思っても、「上手いなあ」と思うことはない。そのレベルのものである。

 でも、そんな文章に貴重な時間を割いて読んでくれ、肯定してくれた先生のことを思うと、じんわりと幸せが広がった。

 先生も当然、夢を追うことの大変さは知っていた大人だっただろう。「君には無理だよ」と言わなかったのは、立場の弁えもあったのかもしれない。でも、それだけが本心でなかったことは、先生のコメントを読めば分かる。未熟な文章の中に良いところを探してくれ、ほんの少しの成長を褒めてくれていた。

 正直、どうひいき目で見ても、あの作品はプロの水準ではない。先生も実際、「君には才能が有りますね」とか、「君なら絶対にプロになれますよ」なんて根拠のない言葉は、何処にも書かなかった。

 それでも、子供の可能性を信じて、応援する姿勢を貫いてくれるのは、教師だなあ、と感じるのだ。

 否定しないのは難しくなくとも、肯定するのは難しい。大人になれば、相手との良好な関係性を壊さないために、面と向かって正直な思いを言う方が少なくなる。だから自然と、否定をしなくなるのだ。かといって、「応援していますよ」と親身になってくれたり、「きっとやれます」と他人の可能性を信じたりするのは、自尊心をつけてしまった大人には難しい。ほとんどの人が、「自分」という人間ではなく、「大人」という生き物になってしまうのだから。

 それも、自分の感性で才能を感じた相手でもない、才能のあるなしも分からないような、未熟な人間の成功を本気で祈ることが出来るのは、本当の教育者だけと思うのだ。

 そして、大人になってしまった私は、そういう教育者を失ってしまった。

 ただ自分の作品を読んでコメントをくれる人も、手放しに自分のことを褒めてくれる人はもういない。よく分からなくても、頑張って面白さを見つけ出して、応援してくれる人はもういない。

「つまらなくても読んでくれる人」を失ってしまった以上は、「面白いから読んでくれる人」を、探さなくてはいけないのだろう。

 少なくとも、そうして見返りを求められる大人になる前に、立派な「先生」に出会えていたことを感謝するばかりである。