「辞めたい」

よほど幸運な人間でもない限り、多くの人は、一度はこう思ったことがあるのではないか。

「辞めたい」、と。

世の中の全ての不満を箱にかき集めてみたら、きっと労働に対する不満と配偶者に対する不満が半分以上のスペースを持っていくだろう。残りは、店や企業(商品・サービス)に対する不満、政治に対する不満で、これらがなくなれば、残ったものはそう多くはない。労働と配偶者は、自己承認欲求と密接に関わっているから、払拭するのが余計に難しい。

だけど、労働の主張のなかで受け入れられるのは、誰もが頷けるほどの理不尽な環境からの訴えだけである。中途半端なものは、たちまちマウント合戦のサンドバックにされる。「今月も20時間もサービス残業した」と言えば「20時間なんて少ない」「俺の方がもっと残業している」という返答が返ってくるし、「給料が安い」「こんなハラスメントにあった」と言っても「派遣の方が辛い」とか「そんなのはまだ生易しい」とか言われる。全員からの同情を得られるのは、最も劣悪な環境にいる者だけなのである。中間層の人間は、更に悪い労働条件を知っているから、「自分はまだマシなんだ」と思うことで、不満を飲み込もうとする。
この程度で音を上げるなんてダメだ。まだ自分の職場は、こういうところでは恵まれているじゃないか、頑張らなければ、と。

私も今まで、その幻想に縛られていた。

今日、中間面談で次長の目の前で泣いてしまった。
いつの間にこんなに傷付いていたのだろう、と呆然と思いながら。

 

私の業界は、どうやらハードなイメージがあまりないようだ。正直、入る前は私もそういうイメージを抱いており、小説を書くための時間を確保しつつ、ある程度興味も持て、社会勉強が出来そうな場だと思って選んだ。まあ本音はそうであっても、志望理由は?と聞かれた時には、それっぽく語れる程度には情熱もあった。
仕事をしていて、確かに社会勉強にはなっている、と思う。だが、楽な職場では全然なかった。私の配属が、言うなればホワイト企業のブラック部署であるのも関係しているかもしれない。志望理由にこの部署の仕事を挙げる人間は多いかもしれないが、いざ身をおいてみると、めまぐるしいし責任は重いし、早出も休日出勤も多いし、残業時間もピカイチだし、その割に何かあった時は槍玉に上がりやすい、損な役回りでもある。

それでも、私はここを「恵まれてる」と思おうとしていたし、「職場の人は優しい」と思っていた。
だけど、最近疲れてきたせいか、気付いてしまった。

「恵まれた環境」「人間関係は問題ない」というのは、要は私が抱いていたイメージと現実との乖離を埋めるために、自分自身に付き続けているウソで、現実を認めたくないだけだったのかもしれない、と。

私程度の悩みや不満を打ち明けるなんて、もっと劣悪な環境にいる人に失礼だ、と思っていたし、弱音なんて吐いても誰も耳を傾けてくれないだろう。しかし、自然と沸き出てしまう思いを封じ込める作業は、ひどく心を消耗する。
就職する前と比べ、私は明らかに笑わなくなったし、萎縮するようになった。自分の可能性を信じることが出来なくなり、以前のように楽天的に物事を考えられなくなった。
何故ならあまりにも、つらいと感じることが多いから。
責められ、謝罪をしなければならない機会が増えたから。

何もストレスがない職場なんてないと分かっている。自分がしっかりすれば怒られることもないって分かっている。

けれど。

正直、辞めたいと思わない日は一日もない。

 

上司の細かすぎる指摘で全部の作業をやり直しにさせられたり、
ステークホルダーから直接不満をぶつけられたり、
効率が悪い業務も制約だらけで変えられなかったり、
問い合わせが多過ぎて自分の業務を進められなかったり、
分からないことを質問されて答えられなかったら怒られたり、
自分の能力を活かせる仕事なんてなかったり、
逆に苦手とする几帳面さが求められる仕事ばかりだったり、
上司と反りが合わなくて信頼関係がガタガタだったり、
書類を提出してくれない人に催促の電話を掛けなければならなかったり、
派遣のミスを私が代わりに怒られたり、

やめてくれ。

全部、投げ出させてくれ。

言ってはいけないことだと充分に分かっているけれど、遠慮も堪忍袋の緒もぶち破って叫びたくなる。

「向いてない!!」

と。

でも、我に返った私は、きっとこう言うだろう。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ございません。
それでは、ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「優秀」

多分私が優秀であれば、抱えずに済んだストレスもあるのだろう。
だけど私は優秀ではないので、言われたことをきっちりこなせない。頼んだ相手も、やり直しをしなければならない私もストレスが溜まる。きっちり、きっちりと、を強いられるのが上司にとっては「仕事だから当たり前でしょ」であり、私にとって苦痛であることを理解できないのだ。
エクセルの印刷の見映えを整えるために、パソコンの設定を変えるべく四苦八苦する時間が苦痛だ。名称が微妙に違っていただけで、資料を全部刷り直すのも苦痛だ。そのくせ「カラーは勿体ない」とか言われて、苦労して一つ一つ色分けしたものを全部グレースケールに手直しするのも苦痛だ。自分なりに工夫したことも一瞬で覆され、上司の謎の拘りに付き合わされるのも嫌だ。全てが終わった後になって一言言われるのも嫌だ。窓口で自分の担当でないことを質問され、答えられないと顔をしかめられるのも嫌だ。電話口で延々とクレームを言われるのも嫌だ。

こんな無駄なことのために業務の時間が圧迫されて時間外が発生し、小説を書けないのが一番嫌だ。

 

仕事中、唐突に半狂乱になって、PCの画面を脳天でカチ割りたくなる衝動が、私を襲う。

 

直属の係長と相性が悪いのも、ストレスの一つである。完璧主義者の上司は、仕事はできるけど、適当な私を絶対に許さない。社会人としての基本がなっていない、と言外に滲ませて責める。

所詮完璧になど出来ない私が悪いのだろうが、ダメな部分ばかりが向こうの目につき、気付けばいつも怒られている。上司が私に向ける言葉は、命令と、叱責と、説明だけだ。それ以外には何もない。

理不尽な怒られ方をしないだけマシ、と思っても、惨めな気持ちになるのを抑えることが出来ない。ああ、またダメなんだな、ああ、これも一からやり直しか。やっていく中で、こうしたら良いのでは?と思ってした工夫は全部否定される。そうして指示に従っているうちに、私はどんどん消耗していく。

でも、どれだけ動揺しても、このつらさの原因が全て自分以外にあるとは言えないことも、悲しいが分かっている。
これは謂れのない職場いじめではないし、上司は業務に必要だから怒っているだけだ。私の上司は慎重で几帳面でミスをしないし、危機管理能力に優れているし、私が問題を持ち込んでも、冷静に的確な指示を出してくれる。次長や、もっと上の人からも信頼されるほど、優秀なのである。だから、私が出来る人間なら、何か言われることはないのだろう。その人が私を叱責するのは、快感を得るためではなくて、義務感や使命感からだと分かっている。
でも、頭で分かっていることを、利口ではない私は簡単に飲み下せない。割りきって、自分を見つめ直し、改善策を考えることが出来ない。みっともない感情に苛まれている、惨めな自分を持て余して、せめて大人でいるために、その姿を見られないようにトイレに向かうだけだ。

 

私はきっと、至らない自分でいることがつらいのだと思う。上司が私以外の人に優しいのも、彼らは私と違って長所があるからで、多分私にはそれがない。上司が、他の人には気軽にする雑談を、私に一切してこないのも、半年以上も一番長く接しているのに未だに打ち解けられないのも、多分私に何らかの原因があるからなのだ。


「社会勉強」

優秀な人間ならば言うだろう。怒られるのも仕事のうちだ、と。或いは、1年目なのだから仕方ない、と。もしかしたら、仕事での注意は人間否定ではないと、慰めてくれるかもしれない。
でもそう思うのは、彼らが社会に慣れることに成功しているからだ。厳しい指導で成長をした体験を持ち、心を頑丈な砥石で削ってきたからだ。
私には、その心がない。みっともなくて恐縮だけど、怒られれば萎縮してしまうし、考えたことが否定されれば、次から何を言って良いか分からなくなる。私が議事録を書かなければならない会議も、正直今何を話し合っているのか分かっていないことがあるし、指示も正確に受け取れないし、求められても上手に話すことが出来ない。そのたびに、理解力がない、と落ち込む。
認めてしまうのは悲しいけれど、私はきっと、優秀ではないのだろう。一を聞いて十を知るタイプでもないし、必要なことを察して自ら動くことも出来ない。学生時代、あれだけ勉強してきたことは一体何だったのか。こうして傷付くための自尊心を積み上げることだったのか。

 

そろそろ、「1年目だからね」という優しさの期限が切れてしまう。
その日までに、何とかしなければ、と思うけれど、私に出来るのは、俯いてメモを取ることだけだ。

上司と上手くやれないたび、話がうまく飲み込めないたび、いたたまれなくなって、デスクから逃げ出したくて堪らなくなる。こんなことで立ち止まっていないで、前向きに欠点を補っていけば良いのではと、そう思うのに、私は簡単に泣いてしまう。明確な理由も分からず、「どうして泣いているの?」という自身の問いかけにも答えを見つけられないまま、無性に込み上げるつらさを抑えることが出来ない。ただの子供にはなりたくない、そんなささやかな意地を押し通すため、目が疲れたふりをしてティッシュを押し当てるのだ。自分の無能と弱さを突き付けられる、あのデスクの前で。

 

またあの場所に行くと思うだけで、ひどく疲れる。